タイトルを見て、長崎で起きた信徒発見のー場面である「サンタマリアのご像はどちらに」という発言を思い出した方は、「なんと幸いでしょう(ルカ1・45)」。
私たち一人ひとりには、固有の与えられている使命があります。その使命に向かい多くの疑問が生まれつつも、自問自答を繰り返しながら、自らの人生をつくり上げていきます。それでも、どうしても答えが出ないものもあるでしょう。その時、すぐにあきらめてしまうのか、それとも自分ができることを日々行いつつ過ごしていくのかで、大きな差が開いてしまうことでしょう。
私たちが、どのような道を歩むのかは、いのちを司る神様だけがご存じであり、科学では求めることができない答えがあります。けれども歴史に現れてくださった主イエスが、その全ての真理を解き明かし、私たちに人生の意味を教えてくださいます。命を生きるうちに、主との出会いがあり、「なぜ私はキリストヘの信仰を持つのか」という疑問とそれに対する答えを与えて下さるのです。こうして、私たちは自分の人生を求めているうちに、神様を求めて過ごしていくのです。
全ての人に福音を宣べ伝えるため、御子は人となり、この世でのご計画を示し、初代教会の人々、特にペトロを含めた使徒たちが宣教し、現在、第267代目として選任された教皇レオ14世が、ペトロの後継者として、世界の平和のために祈っておられます。
私たちは、神の国を建設するにあたり、自分ひとりで働いているのではなく、主と共に、また同じ信仰をもつ仲間とともに、信仰生活を育み、作り上げているのです。特にパパ様は、私たちの信仰の模範であり導く方なので、自分が信仰を持っていることを誇るべきことだと感じ、世界中の人と信仰で繋がっていることがわかります。2019年には、38年ぶりに教皇様が来日され、人々に喜びを与えて下さいました。
私は司祭となり、10年目を歩んでいますが、同時に東京教区の青少年担当として役割が与えられています。その働きの一つに、パパ様との出会いがあり、交わりを通して、召命への道へと力強く招かれています。女性たちがプチジャン神父にマリア像のもとに案内してもらい、そこで「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ」と告白して信仰が再発見されたように、パパ様と共に祈りを捧げることで、私は自分の信仰を再確認し、与えられている恵みに感謝しております。
これまで、フランシスコ教皇には、日本、パナマ、ポルトガル、イタリアでお会いする機会をいただき、教皇レオ14世には、2025年に行われた聖年巡礼と、おそらく来年には、韓国でお会いできるかなと思っています。
もちろん、しるしを求めて働いているわけではないので、パパ様に会うために活動を行うという誘惑に打ち勝つ恵みを与えられていることを信じ、自分に与えられた使命を果たしていきたいと思っています。
「7代たてば、ローマのパパ様から送られたパードレ(司祭)がやって来る」と言われ、長い問、信仰を絶やさずに、教えを守った人々がいるように、私も、パパ様を通して、イエス様に従う姿を大切にし、今は、新たに派遣された高輪教会で皆さんと平和を分かち合うことができればと思っています。
パパ様が私たちのために祈りを捧げているように、私たちもパパ様のために祈りを捧げることが求められています。主の救いを待ち望みながら、教皇様と共に平和を作り上げる使命が与えられていることを忘れずに、そして洗礼を受けている者としての覚悟と自覚を大切にして歩みを続けていきましょう。
高輪教会主任司祭
パウロ 野口邦大

