Vol.136(2026年9月)「パパ様はどちらに」 (野口邦大 師)
タイトルを見て、長崎で起きた信徒発見のー場面である「サンタマリアのご像はどちらに」という発言を思い出した方は、「なんと幸いでしょう(ルカ1・45)」。 私たち一人ひとりには、固有の与えられている使命があります。その使命に向かい多くの疑問が生…
2026.09.15
Vol.122(2021年12月)「主の受肉の神秘」を祝うこと (赤岩 聰 師)
「言(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。 それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに滴ちていた」(ヨハネ1・14) 福音記者ヨハネは、神のみ言葉が人となられた「受肉の神秘」をこのように語っ…
2026.09.062026.09.15
Vol.123(2022年04月)「主の復活を信じること」(赤岩 聰 師)
「わたしの希望キリストは復活し…ともにたたえ告げ知らせよう 主キリストは復活された」 復活の喜びのうちに、教会共同体は復活の8日間のミサの中で「復活の続唱」を歌います。復活祭を迎えて、「復活の続唱」を歌っても、「ご復活おめでとうございます」…
2026.09.042026.09.05
